変わり者の自分を見る目

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こんにちは。towaです。

みなさんは変わり者だと思いますか?
変わり者だと言われたことがありますか?

私は、変わり者と呼ばれる部類の人間です。本当は、自分と同じ人間なんて誰一人としていない。性格も価値観も全員違う。だけど、やっぱりどこか似ていて、それが「普通」であって、そこから大きく逸脱した人が「変わり者」になる。周りと違う自分に「なぜだろう」という気持ちを抱き続ける日々。

私は、社会不適合者だし、耳に障がいも抱えている。それが自分らしさなんだ、と向き合っているつもりだけれど、ついつい周りと比べてしまって。自分から目を背けたくなって。普通ではない自分が憎くて。

変わり者の自分を否定されるとき。

人はみんな違う。だから自分のことを100%理解してくれる人なんてきっといなくて、理解してもらおうと思ったことはありません。

そんなことがとっても多い。私は普通から逸脱した人間だから、自分が変なことはよくわかっています。だから、私は誰のことも否定しない。否定されたときの孤独感を知っているから。

「普通」という大きな大きな枠の中を外から眺めることしかできない社会不適合者にしか見ることができないもの。それは、言葉ではうまく言い表せないけれど、黒くてもやもやとした現実です。

だけど、否定してくる人が悪いとも思っていない。憎くもない。もし自分が普通の人間だったとき、同じことをしない保障はないからです。でも、やっぱり悲しい気持ちにはなる・・・。

性格や価値観が違うって、そんなに悪いこと?幼いころから言われてきた「みんな違ってみんないい」なんて言葉はウソだったの?多様性を認めあう優しい世界じゃなかったの?

多数派は本当に正しい?

真実よりも、意見が一致したものを正しいものとするから。たとえ間違っていたとしても、それが正しいものになる。

仕事に例えてみましょう。ボーナスというのは過去の労働への対価。自分の今までの努力に対してもらうものです。だから、もらってすぐに辞めるのは何も悪くないはず・・・。それなのに、「これからの期待を込めたものなんだから」とか「ボーナスをもらって辞めるなんてせこい」といった勝手な思い込みや考え方が一般化されているせいで、”ボーナスをもらって辞めることは悪いこと”とされています。自分の今までの頑張りへの対価なのに、なぜだろう。本当に正しいものが、正しいものとして機能していないような気がします。

変わり者を肯定してみる

私は、できるだけ変わり者である自分を肯定しようとしています。あまりにも普通とはかけ離れているので苦しい気持ちになるときもありますが、気持ちがぐらぐらと崩れない程度に、前向きにいきましょう。


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